2019.11.23(土)

第6回

場所:ROOM302(3331 Arts Chiyoda)

まちは、東京は、だれのもの?

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スタディ1も残すところ3回となったこの日は、ゲストとして韓亜由美さん(アーバニスト)をお招きし、前半は韓さんご自身の活動紹介をしていただいた。韓さんは石神がディレクターを務めた≪BEAT≫にも市民パフォーマーとして参加しており、自分と他者との関係性を模索する活動をつづけている。まず紹介したのは2005年の「新宿サザンビートプロジェクト」で、JR新宿駅南口の再開発に際し、工事現場のフェンス(仮囲い)を利用してグラフィックイメージやことばなどを配置し、道行くひととのコミュニケーションをデザインした様子をスライドでみせていただいた。その後、個人的な体験をきっかけに、ご自身の足元から見つめ直し、住んでいる芝浦というまちを「ひとが住める場所にしたい」という思いから、「まちはだれのもの」というアートプロジェクトを2018年より芝浦で開始された(2018年2019年)。「まちはだれのもの」の活動をダイジェストで紹介しつつ、生活者としての立場と、社会を俯瞰するような視点を行き来できるような場をつくりたいという思いを語られた。<当事者/自分>であることと、社会において想像力をもって他者の立場に立って物事をみること、その両方を行き来しながら大切にしたいという韓さんは同時に、<当事者/自分>であることは生きていく上で絶対に外せないアイデンティティで、そのことが他者とつながるきっかけになるかもしれないとも語った。「別のものかもしれないけれど、いっしょになにかを発見したりできるかもしれない」可能性をひらいていくこと。韓さんの活動には、まちや個人がどのようにかかわり合い、つながっていけるのか、そういったアイディアが詰まっていた。韓さんのお話を聞き、メンバーからは「<まちづくり>というよりも<ひとづくり>をしている」という韓さんのことばに共感したといった感想や、ノイズと共存すること、まちの速度を変えていくことが重要だと思ったといった感想が出た。スタディマネージャーの嘉原からは、韓さんのお話のなかでも出てきた<立場を行き来する環境>のつくり方が、いま東京に求められていることかもしれないという意見も出た。

韓さんが退出された後半からは、メンバーが執筆したエッセイ(第一稿)を読みながら、それぞれフィードバックを行った。その前にメンバーの朝山紗季がかかわっているプロジェクト「In Search of Colors」の写真家で、この日のスタディに見学に来ていた村上亘さんと、このプロジェクトを企画している会社の代表の小林丈史さんから、プロジェクトの紹介をしていただいた。おもにドイツで活動されている村上さんの視点を通して撮られた東京の写真は、普段の速度からは零れ落ちているような東京の景をとらえていたのが印象的だった。2020年のオリンピックを節目とした東京の変化を追い続けるこのプロジェクトは、予測できないものをどう取り込むかという設計をしていて、アートプロジェクトを考える上でとても刺激的なプロジェクトだった。

第一稿エッセイのフィードバックでは、「“空白”はなにもないけれど“余白”はなにかが起こり得る可能性を秘めている場所のような気がしていて、東京には“余白”が多いように思う」(佐藤しずく)、「活字にしてみて楽しむことばと、ひとのからだをとおって発せられて認識されることばは違う」(今井亜子)、「自分がなにかを期待されるなかでそれを与えていくという関係とは違うところで、自分のなかの大事なものをことばにしていきたい」(タカノレイ)といったコメントが出た。ことばをエッセイというかたちにいったんしたことで、それぞれ気づきやキャッチアップがあったようだった。興味深かったのは、いままでとは違う書き方にチャレンジしたい、というメンバーが多かったことだ。最終エッセイに向けて、どんなことばを発見していくだろうか。

Text=高須賀真之