2021.11.26 (金)

第1回

場所:オンライン

アートプロジェクトの現場から見えてきた状況と課題

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第1フェーズは、海老原が国際交流基金の内部事業として外国ルーツの中高生と日本人を対象に実施した映像ワークショプを皮切りに、写真やダンスなどさまざまなワークショップを手掛けた時期。多文化共生という言葉もまだ一般的ではなかったなかで、2012年に三富章恵さんとコラボレートしたプロジェクトが東新宿の「Rap in Tondo 2」だった。三富さんは駐在していたフィリピンで、ラップやストリートダンスを自己表現の手段としていた貧困層の若者たちに海外のアーティストと接点をつくり、エンパワメントすることを目的としたプログラムを実施していた。これが日本のアーティストにも高く評価され、フィリピンのなかだけで終わらず多くのアーティストに認識してもらえれば彼らの自己肯定感も高まるのではと考え、新宿で活動している海老原に声を掛けたという。実施したワークショップは「子供たちの反応がいままでで一番良かった」と児童館の職員からの反響が大きく、自分の言葉(母語)でチャレンジできる機会も得難い経験だったのではないかと振り返る。こうした、児童館などの地域団体と共に海老原が取り組んできたワークショップは、2015年までに100回を超えていた。
第2フェーズ(2016~18年)は、定時制高校を現場として部活動を通じた居場所づくりやキャリア教育に軸を動かし、高校生たちを支えようとしていた時期。7年間続けてきたワークショップの現場は、当初小中学生だった子たちが大学生や社会人になっているはずなのに高校を中退してしまい、卒業しても大学進学は難しくアルバイト生活をしているような状況だった。彼らに直接的な解決ができず、アートの限界を感じたという。
達成感や自己肯定感を育む居場所づくりの活動を続けてきたなかで、教育の定義は難しいが、三富さんも「多様性」は育むものではなくすでに存在するものとして、一人の人間を社会に送り出すためのスキルを身につける活動を、学校教育側からも認めてもらえないのだろうかと考える。また三富さんは、東日本大震災で被災した高校・大学生や児童養護施設にリーダーシップ研修や奨学事業を行う団体に勤務していた経験から、外国ルーツの若者と同様に日本の若者たちも「児童養護施設にいる子は大学に進学できるとは思っていなかったし、被災した子たちは高校卒業後に働くのは当然だと考えていた」として、彼らは逆境のなかで培った経験を社会でいかせるはずなのに、チャンスを広げる選択肢を失してしまうのはもったいないと話す。
海老原は、かつて視察したカナダやイギリス、北欧のように、外部団体が学校に入ってワークショップやプログラムを実施するオープンな仕組みづくりを考えていた。定時制学校の部活動では、高校を卒業した若者たちがkuriyaのユーススタッフとして一緒にワークショップを企画するようになっていく。東京アートポイント計画のTURNフェスに提供したワークショップもその一つで、プロジェクト(参加)型の学びから社会で生きる力をつけてもらうことが狙いだった。ひとりひとりの性格や得意不得意をふまえ、アウトリーチ力があれば広報活動に、映像に興味があればアーティストのアシスタントとなってスキルが学べるように、地道に作業できる子は裏方の事務や調整役に割り振り、それぞれの強みを活かして活躍する場を設け、役割をつくるようにシフトしていった。海老原はこの10年間を、コミュニティや縁から切り離されてしまった外国ルーツの若者たちと、外部との関係性を編んでいく仕事だったと振り返る。
そして第3フェーズは、2018年からの政策提言。奨学金や福祉、在留資格などの課題は、活動当初の2009年から10年経っても残されたままだった。2016年のkuriya設立時も制度や仕組みづくりは必要だと考えていて、「Rap in Tondo 2」で活躍したフィリピンの若者や海外アーティストがアドボカシー活動で社会に働きかけていることにも刺激を受けてきたという。政策提言、福祉、支援、どれもアートが直接的に解決できることは少ないが、作品づくりのためではなく、活動の場のなかで、集まってくる本音、声を集めて届けることは、翻訳的な要素があるかもしれないと話す。
三富さんは、まちづくりや地域活性をミッションとする現職のNPOでも政策の位置付けが必要だと話し、政策化・制度化の重要性に賛同する。
海老原が政策提言に舵を切ったのは、オリンピックの開催が決定した時期や入管法改正に向けて動きのあるタイミングだったこともあるが、三富さんをはじめとするゲストのような周囲の協力は大きい。そして何よりも自身が接してきた子たちへの想いがある。10年間、自分のなかを子供と若者たちの存在が大きく占めていたことを改めて実感する。
草の根の活動から政策提言までの10年間で、社会が変わってきたことの意義は大きい。これからの10年がどうなっていくかの期待と共に、シリーズ第1回を終えた。

Text=西内亜都子

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