2018.12.18(火)

第5回

場所:HAPPA〜NADiff

音と音楽、美術と音楽の境目

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今回のゲストは、蓮沼執太さん。2006年のファーストアルバムリリース以降、映画、演劇、ダンスなどさまざまな分野で作品を制作してきたミュージシャンだ。近年は作曲という手法を応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションなどの展覧会やプロジェクトも行っている。
活動を始めた当初はコンピュータによる音楽制作が主だったが、ライブで生演奏をするにあたり「蓮沼執太チーム」という5人組を結成。その後、2010年にジャズ、ロック、ヒップホップ、クラシックといったジャンルを横断してメンバーを集め、「蓮沼執太フィル」へと発展した。2018年には新たに公募でミュージシャンを募り、計26名でコンサートを行った。

蓮沼執太フィルでの制作をきっかけに一緒に仕事をするようになった清宮陵一は「ミュージシャンはジャンルなどのフォーマットにのって音楽をつくり、ツアーをする、というスタイルが多い。だけど蓮沼さんは音楽ありきではなく、仮説を立てて、それを自分でなぞって検証していくようなつくり方をする。次にどんなことをやるか、どんな音楽をつくるかにトライしている」と蓮沼さんの魅力を説明。そのうえで今日のテーマを「音と音楽の境界線を考える」と設定し、音と音楽はどのように違うのかとメンバーに問いかけ、その違いを紙に書き出す時間を設けた。
この「音/音楽」の境界という話題から、蓮沼さんが2013年にアサヒ・アートスクエアで行った『音的』という展覧会の話に。「鑑賞者が空間に足を踏み入れたとき、そこで鳴っている音が全部聞こえているわけではなくて、そのときの意識によって聞こえるものが違うと思った」と語り、鑑賞者の“聞く”という行為を意識するようになった蓮沼さん。その後「展示空間の中で鑑賞者が知覚する作品をインストールし、その並列からリズム=律動をつくり出すことも可能だろうか」という問いを立てて『作曲的』という展示も国内外で行った。
蓮沼さんは「サウンドインスタレーションをつくっているわけではなくて、音や音楽というメディウムを使って美術作品をつくっている」と自分の方法論について解説し、たとえば蓮沼執太フィルのように、演奏者がいて歌手がいて束ねているリーダーがいる、という関係性から生まれるものと、展示空間で鑑賞者とそこに配置されているものから立ち上げる音の空間は、「関係性が作用して生まれる音の作品」なので、自分の中では同じだという。

ここで、これまで話をしてきた上目黒のシェアオフィスHAPPAから次の会場、恵比寿のNADiffへと移動する最中に、自分の思考を「作曲」にフォーカスして歩いてほしい、と清宮。駒沢通りを通る30分ほどの道のりを一行はそれぞれの視点、観点で「作曲」しながら歩いた。

NADiffではメンバーそれぞれが移動中に考えた「作曲」「音と音楽」について発表。「物事が生まれる元となる重要な要素がファクターとしてあって音楽ができるのでは」「ノイズが音楽に変わる瞬間は相対的なものだと思う」「音と音楽の違いは規則性があるかどうか」「音環境は生演奏に近いので、同じものを繰り返し聴くことができない、日々変わるもの」「音は意味が限定されない粒子みたいなもので、作曲者の意図でストーリーをつくる行為が作曲ではないか」といった声があがった。
恵比寿への移動中に行った「作曲」についても、「まちの景色や季節感、身体の変化を音楽的に捉えられるか意識して歩いた」「冬の寒さを音楽にしてみようと思って歩いたけれど、“寒さを感じる音”というのは難しくて諦めてしまった。視覚表現であれば“寒さ”は表しやすいと思う」など、自分の身体を通して気づいたことが言語化されていった。

最後に蓮沼さんは「音と音楽についてはずっと考えていること。作曲者の意図、意味をつけるのが作曲だという意見がありましたが、意味づけとコンセプトをつくるのは似ていることだと思います」と言い、そういった“つくる”ことを仕事にしている中で、今日さまざまな声を聞くことができて勉強になったと話を締めた。
どのように普段作品づくりを行っているのか、時間をかけて聞いた上で、肉体を通して思考し、それを言葉にする。そうしたなかで、「音」と「音楽」、「音楽」と「芸術」の分水嶺は思っているよりも低く、また隣接していることが見えてきたようだった。

Text=高橋創一