2019.8.31 (土)

第2回

場所:ROOM302(3331 Arts Chiyoda)

調査協力者との関係を考える

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8月31日、2回目となる「‘Home’ in Tokyo」。初回よりも緊張感がほぐれ、穏やかな雰囲気で始まった。「具体的な調査方法に正解はない。『調査者と調査協力者が協働的な関係にある』ことを大切にしながら、半年間、参加者とともに模索していきたい」と、ナビゲーターの大橋は語る。

前半は、映画『キッチン・ストーリー』(2003)を鑑賞し、参加者一同でディスカッションを行った。(※以降、内容についての記述あり)

『キッチン・ストーリー』は、2003年にベント・ハーメル監督によってノルウェーで公開された映画である。スウェーデンの家庭研究所から派遣され、ノルウェーの独身男性の台所での行動を調べるためにやってきた調査員のフォルケと、調査対象となったイザック。調査員と調査対象者の交流が禁止されているなか、フォルケとイザックが次第に言葉を交わすようになり、少しずつ仲を深めていく。1990年代に盛んに行われていた、人々の生活への工学的アプローチへの風刺が背景にあり、監督自身が「ものを扱うように人を調査できないだろう」と語っている。また、映画のなかでは、調査対象であるイザックが、天井に穴をあけることで、調査員のフォルケを逆に観察していたという描写もある。

「調査者が調査に入った時点で、調査協力者の‘ふつう’の生活は‘ふつう’ではなくなってしまう」「私たちは、通じ合えないことが何よりのストレスである。調査の前にお互いの関係を大切にしなければならない」など、映画を鑑賞した参加者のディスカッションでは、さまざまな気づきが共有された。「客観的な解釈と主観的な解釈の境目がまだぼんやりしている」と、自分の体験や研究と重ね合わせたと語る参加者も。

ディスカッションに対して、大橋は現象学的アプローチの考え方を紹介。私たちは、自分自身のフィルターを通して現実を見ている。「良い会社」の定義が人それぞれ違うように、同じ言動でも語り手の背景や文脈によって意味が異なる。その意味は相互作用のなかで見えてくるため、言葉や言動の「意味」は、調査者と調査協力者との間の交流を通して理解していくものだという。

後半は、慶應義塾大学の加藤文俊先生による講義の時間となった。フィールドワークを行う上での三人称・二人称・一人称的なアプローチと、「ふつうの人」への視点を語った。

『キッチン・ストーリー』の調査条件のように、調査者は基本的に三人称的な(傍観的な)立場で現場にかかわることが前提になることが多いが、実際のフィールドワークの現場で、調査者が傍観者であり続けることはできない。現場に通っていれば言葉を交わすようになり、フォルケとイザックのように、やがて調査者と調査協力者の関係に変化が生まれる瞬間が訪れる。だからこそ、個人的関係を意識し、対象の呼びかけに応える存在として現場にかかわる、二人称的な(協働的な)アプローチで、自分と相手の関係を豊かにしていくことが大切になってくるという。さらに、フィールドワークには欠かせない一人称的な実践として、振り返りがある。フィールドノートやジャーナルといった記録によって、現場にいた調査者である私に立ち戻りながら調査結果を解釈していく。

また、「スゴイ・エライ」や「コワイ・ヒドイ」は社会学的に注目されやすいことを踏まえて、「ふつうの人」への関心を持つことの意味についても語られた。

これに対し、白熱した議論を呼んだのは「ふつうの人なんていないと思える」という参加者のコメント。確かに、調査対象者へと接近することで、調査対象の生活にもその人なりの背景や工夫があることがわかるため、「ふつう」ではなく特別に思えるようになる。それでも「ふつうの人」の大切さを説いているのは、フィールドワークでは、調査者が自分とは異なる「スゴイ・エライ」や「コワイ・ヒドイ」といったマージナルな部分を目指してしまいがちだからだ。調査者にとっての「ふつう」とは異なるアプローチをとることで、「ふつうの人」が生きている豊かで複雑な世界が見えてくるということかもしれない。

ディスカッションでは多くの参加者が手を挙げ、日頃感じていた疑問を投げかけ、レクチャーの感想を語った。「企画書に書かれていないプロセスのなかで、おもしろい発見があった場合はどうするか」という悩みへは、「計画通りではないおもしろいハプニングを、いかにおもしろがれるのかが、フィールドワークでの重要な心持ちである」と加藤先生はコメントした。

参加者の関心が高かったのは、「私とあなたという二人称的な関係でつくられた作品を、第三者に公開することはどのようにしたらできるのか」という問いかけ。大橋の場合は、第三者に公開することを前提に、二人称的な協働を重視して、『移動する「家族」』を制作した。また、制作者である大橋自身が上映に立ち会い、鑑賞者のリアクションを見届けられる範囲でのみ上映を行うという手法をとっている。しかし、制作や公開の仕方については色々な選択肢があるので、それぞれの作品において適切な方法を調査協力者とともに模索していく必要があるだろう。

‘Home’は人によってとらえ方が異なり、繊細に扱うことが求められる。人の暮らしに密接した調査とは何か。協働とは何か。調査協力者と協働的な関係を築き上げていくにはどんな方法があるのか。同じ東京で暮らす人も、それぞれ異なる‘Home’の感覚を持っていることだろう。13人の参加者ひとりひとりが、これから行う調査への少しの不安を抱きつつも、大きな期待を膨らませた回となった。

Text=染谷めい(執筆)/森部綾子(構成)