2019.10.5 (土)

第5回

場所:ROOM302(3331 Arts Chiyoda)

人の生活に根ざしたアプローチを学ぶ

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第5回となる10月5日。前半はトミトアーキテクチャの冨永美保さんと伊藤孝仁さんをお迎えし、レクチャーとディスカッションを行った。後半は映像制作に向けたワークショップの時間とした。

トミトアーキテクチャは、これまで建築業界で主流だった「箱」としての建物を設計するだけではなく、日常をつぶさに観察し、人やまちとの関係性のなかでの建築の構想に取り組んでいる。「ただかたちにするのではなく、そのものの背景や関係性が反映されるような建築をしたい」と冨永さんは語る。今回は主に4つのプロジェクトについて、設計に着手するまでのプロセスを中心にお話しいただいた。

まずは、神奈川県足柄下郡の人口7000人ほどの真鶴半島にある空き家を、ゲストハウス「真鶴出版2号店」に改修したプロジェクトについて。真鶴半島は「背戸道(せとみち)」と呼ばれる、家の裏口に面した路地が多く存在しているのが特徴的。背戸道がある建物は、ほかの建物との間隔が狭いため、すれ違う人たちは思わず会話を交わさずにはいられないという。実際にまちを歩くと、背戸道を軸にした生活単位を建築が支える、というよりは建築が背戸道に支えられるような感覚を抱いたというトミトアーキテクチャのふたり。「真鶴出版2号店」の近くにも多く存在する、この背戸道の距離感を建築に取り入れたかったとのこと。
背戸道を通る経験をデザインすることにこだわり、建築内部の展開図とは別にもうひとつ、真鶴背戸道の「風景展開図」を制作。背戸道を歩いた経験を連続スケッチとして細切れに描き、変えたいと思った場所に修正を入れつつ、これらふたつの図面をもとにアイディアを練っていった。そうして改修された「真鶴出版2号店」には、6つもの出入口がつくられ、道のように通り抜けることを体感できる空間が生まれた。また、以前から「真鶴出版」で行われているまち歩きに参加することで、解体された郵便局の窓や漁師のイカリ、端材や植物などもいただいたという。

それらの材料は、まちの質感を「真鶴出版2号店」の建築に反映させるのにも必要だったと振り返る。ふたりは「まち歩きは設計に(直接)は関係しないかもしれないけれど、いろいろな関係性をもとにつくっていきたかった。一箇所にいてもたくさんの気づきが生まれるような場所を」と語った。

横浜市東ケ丘にて、築70年ほどの二軒長屋を地域拠点「CASACO(カサコ)」へと改修したプロジェクトは、依頼主からの「自分の家をNPOの活動拠点として、まちにひらいた場所をつくりたい」との依頼から始まった。はじめに、まちの人の声を聞き、関係性を築こうとワークショップを開催したが、住民はほとんど集まらず、失敗に終わってしまう。そこで「東ケ丘新聞」という、東ケ丘での出来事やCASACOでの活動をまとめたローカル新聞を作成し、東ケ丘各世帯に配布したところ、関心を持ってくれる人が少しずつ増えていったという。近所に住む主婦から空き家の情報を聞き、そこで使わなくなったものをいただいたり、解体された野毛坂の石畳の分解を、近所に住む野球部の生徒や住民の方々に手伝ってもらった。また、実際に住民の方々も改修工事に参加してもらおうと、解体した「ピンコロ石」を敷き詰めるワークショップも行った。「こうしてまちに住む方々と関係性を築くなかで、次第に東ケ丘の歴史について話を聞くことが多くなった」と語るふたりは、住民の習慣や行動を時間軸と地形の標高でマッピングした「出来事の地図」を作成。東ケ丘で起こった出来事や聞いた話を4コマ漫画のように描き出している。時間軸に沿って次第に広がる出来事の地図は、まちの生態系を理解する試みであり、まちや人の動きを見える化することで「ひらく」ことを実現する試みでもある。

また、他の事例として「もう住まないけれど思い入れのある実家を、自分も遊びに行けるようなシェアハウスにしたい」という依頼から始まった、千葉の市川市南行徳の一軒家をシェアハウスに改修するプロジェクトや、現在進行中の仙台特別養護老人ホームの庭を改修するプロジェクトについてもアイディアの構想段階を含むプロセスを中心に、話が展開された。

トミトアーキテクチャのふたりは、建物をただ設計したりつくるだけではなく、立地や場所の成り立ち、まちと人々との関係性の構築も大切にしている。「建築はいままで強くつくるもの(構造的に強い・設計者の意図が反映された、付け入る隙がない完璧なもの)が主流だったけれど、かかわりや距離感、信頼関係に着目することで、これまでにはないつくり方が生まれる」と語った。

「もともとあった生活が、自分たちの介入によって変わることへの怖さとどう向き合っているのか?」という参加者からの質問に対してふたりは、「生活が変化することはおもしろい。破壊ではなく、別の価値を生んでいるものであれば、積極的にあってほしい。それが起きる距離の取り方や、どうやったら適切な距離を保ちながら関係性を生み出すことができるのかを、私たちも模索している」と答えた。また、「どれくらい先の時間まで想定して設計をしているのか? 」という質問には「特に木造建築はそうだけれど、未来のことをあまり考えすぎないほうがいいと思っている。今つくるべき建築をつくりたい」とディスカッションは盛り上がりを見せた。

後半、大橋は書籍『MAKING HOMES ―Ethnography and Design―』(Sarah Pinkら、Bloomsbury USA Academic、2017年)の一部を抜粋し、調査対象となる相手を知る手法を紹介したのち、それをもとにワークショップを行った。誰かの家を調査するということは、感覚的な環境を扱うことになる。面接のようなスタイルのインタビューだけでは、身体的・感覚的な経験、想像や願望についてまで語ってもらうのが難しいこともあるが、パフォーマティブな方法を組み合わせることによって、相手が話すきっかけを見つけるなど、感覚的な環境に対する内容も扱いやすくなる。協働的な作業を通じて、「生活世界」を一緒に見ていくことで、調査対象者自身も知らなかった一面をともに発見していくことができるという。

30分のワークショップのテーマは「身の回りのものを1つ決め、一日のなかでそれに関連した自分の動きを書き出す」。参加者は4グループに分かれ、それぞれ「洗濯機」「電子レンジ」「寝床」「スマートフォン」を選定し、関連する自分たちの動きをホワイトボードに書き込んでいく。チーム内で質問し合いながら、それぞれの行動の背景にある思いに着目し、自分や相手の習慣をともに再発見していくことを目的として行った。

「洗濯機」を選んだグループはまず、どの時間帯に洗濯機を回すのか、ついでに行う動作は何かを話し合った。さらにそこから洗濯機の近くで行っていることや、洗濯機を含めた動線を説明するために、それぞれが自宅の間取りを書くこともした。

「電子レンジ」を選んだグループは、使用する時間帯や温めるもの、近くに置いてあるものや近くで行う動作について話し合った。鏡がないから電子レンジの前で歯磨きをするというエピソードもあり、グループメンバーがそれぞれ特有の食習慣や生活習慣の違いを発見し、文化の違いが食に表れることに改めて気づかされたという。

「スマートフォン」を選んだグループは、スマートフォンを使用するタイミングと場所を書き出し、結果としてそれぞれの一日の流れを振り返ることとなった。使用しているアプリから、日々の記録の残し方へと話が発展し、「彼女は昔は毎日日記をつけていたけれど、今は一週間に一回しかつけていないそうなんだ」と参加者が別の参加者のエピソードを紹介する場面も。ディスカッションを通じて、参加者同士、互いに理解が深まった様子が見られた。

「寝床」を選んだグループは、起床時間のことから議論が始まり、布団の畳み方、部屋の掃除の仕方や家族関係を良好に保つコツなど、さまざまな話題へと派生していった。締め切りに追われる夢や、いまだにテスト前に勉強をする夢をよく見るといった話や、その他にも「ええ!そうなんだ!」と驚きの表情や笑顔が多く見られ、ホワイトボードはたくさんの情報で埋めつくされていった。

ワークショップを通じて参加者は、パフォーマティブな手法から調査協力者の生活を垣間見ること、そして相手を理解する手がかりや情報を得ることを実践的に学んでいった。最後はそれぞれのチームが、どのような流れで議論が進み、広がりを見せていったのかを発表し合った。調査者が一方的に調査対象者の情報を引き出すだけではなく、互いに情報を開示していくことによって、関係性に変化を与えたり、調査自体にも良い影響が生まれたりすることもある。参加者一同が今後の調査に向けてのイメージを、少しずつ膨らませていたようだった。

Text=染谷めい(執筆)/森部綾子(構成)