2021.8.18 (水)

第1回

場所:Zoom

声と文字で/に出会う

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スタディ1では、記録においても「多様なひとに伝わる/コミュニケートを促す記録のありかた」を探求していきたいと考えています。そのために記録者もスタディを内側から経験し、メンバーと並走しながらさまざまな記述や手法にトライしていきます。

※映像は、ナビゲーターの和田による、この日のスタディのガイダンスの一部を編集したものです


認識世界の異なる他者と意思を伝え合うコミュニケーションについて考え、自分自身の感覚をつかみながら、コミュニケーションを促進・拡張させるあたらしいメディアや手法を発明するーーーそんな呼びかけに共鳴したメンバーたちとの試行の道のりがこの日から始まった。来年3月までの約6ヶ月、ワークショップやリサーチ、ディスカッションを重ねていく先には、どのような景色が待っているのだろう。

第1回のスタディはオンライン会議アプリのZoomを用いて実施された。内容は「ガイダンス/自己紹介」。ナビゲーター、スタディマネージャーとは面接で顔を合わせているものの、メンバーはまだ他のメンバーを知らず、この日はメンバー同士が出会う最初の機会だった。
だが、ナビゲーターから事前に届いた指示は「カメラをオフにしてご参加ください」というもの。ひとりまたひとりとZoomの黒い画面に増えていく四角い枠とメンバーの名前。こうして顔を見ることのない「はじめまして」から、スタディが始まった。

定刻になるとナビゲーターの和田は今日の進行が書かれたGoogleドキュメントを画面共有し、「直接お互いの顔が見えないなかでどんなコミュニケーションが生まれるか。イマジネーション、想像の世界から始めます」と話した。すると、話したそばから和田のことばが活字になっていく。これはGoogleドキュメントの音声入力機能で、今日はこの機能を使って「声と文字」で出会っていきたいという。

この日のワークは大きくふたつ、(1)自己紹介と(2)「ある音に耳をすます」こと。
(1)自己紹介でナビゲーターの岡村がリクエストしたのは、「名前」「仕事や趣味」と「自分を野菜か果物で例えると?」。岡村が最初のひとを指名し、自己紹介したひとは次のひとを指名するかたちで進められた。「えっと」や「そのー」と話し始める声まで取り込まれて視覚化される音声入力にとまどったり、起動に手間取り諦めるひともいたが、その場合は運営の木村が速記。演劇やコンテンポラリーダンスに携わるひとや、アートや政治哲学を学ぶ大学生、職業訓練校でデザインを勉強しているひと、特に何もやっていないひとなど、順番に「自己」を紹介していく。そんな面々の選んだ野菜や果物は、キウイやナス、イチジクやバナナや玉ねぎなど。「わたしはこういう面があるから」「こうありたいなと思って」と、それぞれが選んだ理由を聞いていると、これも小さな「翻訳」なのだと気づく。徐々にいろんな野菜や果物がならんでいくなかで、どことなく漂っていた緊張感も少し和らいでいったように思う。最後に「みんなで、みんなを食べましょうね」と、文字通り自己紹介を味わうように和田がことばを添えていた。

自己紹介の途中、声がこちらに届かなくなってしまったメンバーがいた。「あれ?」「聞こえてないのかな?」。けれど音声入力だけはするすると進んでいく。タブレットで参加していた関係でZoomから退出してしまい生じたトラブルだったが、ふと生まれた「文字だけ」のコミュニケーションでは、聞こえない声に耳をすますような、「文字を聞く」とでもいうような不思議な時間が生まれていた。

(2)「ある音に耳をすます」に入るときもちょっとしたトラブルがあった。
和田が「目を瞑って、いまから流す音を聞いてください」と伝え、全員がじっと耳をすます。・・・鳴っているのかな? 誰かの衣ずれの音がする。とても小さい音なのかも。と思いながら2分ほどが経過すると、「はい。朝なのか、いろんな世界に旅をしていただきながら、次のご案内・・・」。そう、本来聞かせたかった音は不具合で届いておらず、わたしたちはそれぞれパソコンや部屋の音に耳をすましていた。だけど、いつもは気にならないような何かの音が、ひとりひとりに聞こえていたに違いない。

改めて、Kenta Tanakaさんの「morning ground」という曲を聴く。ピチピチという鳥の声や音の響きが特徴的なこの曲は和田がTanakaさんに「朝を送ってください」とオーダーして制作された曲だと説明された後、和田は「それぞれのいる場所で、好きな音を鳴らしてほしい」とリクエスト。パソコンの近くに好きな音のものを持ってきてもいいし、その音の近くに移動してもいい。音楽でもいいし、好きなもので音を出してもいい。
5分後、メンバーは好きな音を準備してZoomに戻ってきた。和田の「せーの」の声に合わせてミュートを解除し、それぞれの音を鳴らし始めた。Zoomの仕様上、複数のメンバーが音を重ねると音が正しく聞こえなかったり音質が変わってしまったりするが、それでもさまざまな音の断片が聞こえてくる。その後、ナビゲーターがマイクのミュートをコントロールして、誰が鳴らしている音なのか、ひとりひとりの音が少しずつ聞こえるようになっていく。水の音、何かを叩くこと、話し声、笑い声、ポロンポロンという音階など。そのまましばらく、それぞれの「好きな音」を鑑賞した。

気がつけば21時30分。それぞれ「何の音」を鳴らしていたのか。その答え合わせは次に持ち越し、次回の案内で第1回は終了。だけど、もうひとつの出会いは終了後にあった。今回、スタディ1では気軽な交流・連絡の場として、そしてスタディを通してひとりひとりのなかで芽生えた問いや気づきを書き残しておく場所としてチャットアプリのSlackを用意している(研究日誌と呼んでいる)。この日も、終わった後から研究日誌が次々とアップされていく。そのテキストはひとつひとつ全く異なる手触りを持っていて、Zoomの向こう側にそれぞれの生活や思考が確かにあったことを実感させるものだった。
Zoom越しの声、音声入力の文字、研究日誌。それぞれまるで別の人物に出会ったような、それが「ひとり」に結びつく前の浮遊するような時間を味わいながら、1回目のスタディの夜は終了した。

Text=阿部健一