2019.2.14(木)

第10回

場所:ST-ROBO

音楽=魔法の起こる現場

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これまでさまざまなゲストを迎えてきたこのスタディだが、最後にお呼びしたのはエンジニアのzAkさん。レコーディング・エンジニアやライブでのPA、演劇、パフォーマンスでの音響など、幅広い現場で活動を続けているが、今回はご自身の所有するスタジオ『ST-ROBO』に伺い、話を聞かせていただいた。

まずは生い立ちについて。もともと関西の出身だが、親が転勤族だったため、一人暮らしを始めるまでに13回ほど引っ越しを重ねたという。「ルールがあることが子どものときから苦手だった」と振り返るzAkさん。中学では活動していなかった吹奏楽部を復活させ、高校入学後はブラスバンドに所属しながらロックバンドでも演奏をしていた。80年代はスタジオのテクノロジーが発達し、エンジニアの活躍が目立った時代。ある日自分の好きなレコードのクレジット欄を見ていると、どれも同じエンジニアが担当していることに気づき、高校3年生のときにエンジニアの仕事に就くことを決意した。
高校卒業後、関西でエンジニアとして働こうとするもなかなかとば口がない状況が続くが、ライブハウスでバーテンダーを務め、PAをやりたいと熱心にスタッフに伝え続けたところ、ある日やってみてと声をかけられ、その日からエンジニアとしての仕事が始まったという。「そのうちなれるとかじゃなくて、なったる! という感じでした。他の人がやっていることが自分よりも面白いと思えなかったんですね」と、当時の意気込みを語った。その後も関西で仕事を続けたが、きっかけがあり27歳のときに東京に引っ越した。

ST-ROBOがつくられてから20年ほど経つが、それ以前のzAkさんの仕事の中でひとつ大きなトピックとして挙げられるのは1995年から1997年までのあいだ、フィッシュマンズのプライベートスタジオ、『ワイキキビーチ/ハワイスタジオ』でエンジニアをしていたことだ。一軒家を借り、そこをスタジオに改装して2年間で3枚のアルバムを制作。メジャーレーベルでは通常考えられない方法だったが、計画書をつくりディレクターを説得し、実現させた。「みんなが使っているものじゃないことから始めたかった。新しいものをつくるときは、それが基本じゃないですか」といい、「当時は10時間ぐらい喋って、2時間レコーディングするみたいな感じでした。その10時間の余白がすごい大事。そこで生まれたことを覚えていて、あとで作業をする。部室みたいな感じでしたね」と90年代を代表する名盤を生み出したスタジオを振り返る。

自身の立ち位置については「全然職人じゃない」と分析する。「やりたいことをやっていたら経験値が上がってきたんです。どちらかというと、呼ばれて演奏するソロプレイヤーに近い感じ。いわゆる一般的なエンジニアが知っていることで知らないこともあると分かっていますが、僕の中では大事なものはそこじゃないから、覚えないようにしてきたというところもあります。とにかく意識をどう持っていくか、どう思考するか、自分なりの考え方をつくってきました」。

後半はメンバーからの質疑応答。何を手がかりに音をつくっていくのか、という質問には、「全体的なバランスを整えるというよりも、一番可能性のある音をフューチャーして他のものを足していく」と言うが、以前はミックスする音源に音を足したり抜いたりしていたこともあったそうだ。また「難しい現場というのはどういう現場ですか?」という質問には、「音楽は魔法なので、現場にいるということは魔法が起こるということ」とした上で、「だから出会わなければいけない大きな障害は絶対に出てくる。それは落ち着いて解決するしかないことだし、どこでも起こりうると思います」と答えてくれた。
最後にいつもサウンドチェックで流しているという、ブラジル音楽を代表する巨匠、カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルのアルバム『トロピカリア2』とエイフェックス・ツインのアルバム『Selected Ambient Works Volume II』収録曲の『#13』をかけてくれた。
「音」「音楽」にとことんこだわる職能に裏付けられた、実感のこもった言葉の数々に、メンバー一同、深く感銘を受けた様子だった。

Text=高橋創一 Photo=加藤甫