2019.8.17 (土)

第1回

場所:ROOM302(3331 Arts Chiyoda)

‘Home’ in Tokyo に取り組むために

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8月17日(土)、スタディ3「‘Home’ in Tokyo」は、ナビゲーター大橋香奈(映像エスノグラファー)とスタディマネージャーの上地里佳(アーツカウンシル東京)、記録メンバーのジョイス・ラム(エディター)、森部、染谷に加えて、13名の参加者を迎えて始動した。「東京を舞台とした‘Home’のとらえ方を模索することで、東京の姿を浮き彫りにする」ことを目指し、プロトタイプとしての映像制作に取り組むスタディ3。回を進めていくなかでの思考/試行のプロセスを記録するために、参加者ひとりひとりに同じノートを配布した。

「チェックイン」という方法を用いた全員の挨拶の後、まずは大橋の研究紹介と、大橋が4年間かけて構想・制作した映像作品『移動する「家族」』の上映を行った。
大橋は学部卒業後にメーカーで勤務するも、会社という枠組みが取り外されたときに自分は何者になってしまうのかと疑問を抱く。退職後、夫とともにフィンランドへ渡る機会を得た大橋は、学部時代の文化人類学ゼミでの学びを振り返り、フィンランドでのフィールドワークを開始。ウェブマガジンにフィールドワークのレポートを投稿していくうちに、人の生活の物語を表現することの奥深さに改めて気がついたという。その後、投稿した記事を中心とした内容を日本で書籍化することになった。しかし、一番助けになってくれたフィンランドの方々には、日本語なので読んでもらうことができなかった。協力してくれた人々に「還す(かえす)」ことができるかたちで作品を制作したいという思いから、イギリスで映像の勉強をはじめ、やがて、映像エスノグラフィーの道へと進んでいく。

国内外の引っ越しを20回経験している大橋は、「私には唯一の‘Home’と呼べるような場所がありません」と語る。それをネガティブにとらえていた時期もあったが、イギリスの社会学者であるジョン・アーリの著書に出会い、移動の経験に着目する研究へと足を踏み入れることになる。
かつては、国境を越えてしまうと家族の関係が希薄になりがちだった。現在では、移動手段の発達やSNSの広がりなどによって、国境を越えた情報の共有が容易になった。これにより、家族間のコミュニケーションの仕方だけではなく、「家族」のあり方自体が大きく変化してきた。『移動する「家族」』は、このようなトランスナショナルな(=国境をまたがる)つながりが可能になった社会で生きる、5人の「家族」のあり方を調査し、調査協力者の5つの独立したストーリーを束ねたオムニバス映像である。この作品は商業映画や芸術作品ではなく、研究作品としての映像である。映像エスノグラフィーと呼ばれる、調査者と調査協力者の協働的な関係のなかで、彼や彼女が生きる現実について解釈し、映像作品をつくるという方法が用いられている。

『移動する「家族」』には、「一方的に描くことなく、調査協力者の納得のいく方法を軸につくっていきたい」という大橋の思いが込められている。「調査協力者が自分のインタビューを振り返ったときに、より適切な言葉を使いたいということもあった。だから、私が一方的に編集して完成させるのではなく、調査協力者とともに振り返り、彼や彼女が語り直したナレーションをベースに映像を制作した」と語った。
上映後は、参加者ひとりひとりが「家族」について考えて、コメントカードに書く時間を設けた。「あなたにとって『家族』とは?」の問いに対して、「常に心に引っかかっている存在(良くも悪くも)。自分が何か選択決断するときにどこかで影響を受けている」「家族となる人たちとの関係によって変わるかもしれません」「自分が許せない自分のことを許してくれる存在」などといった言葉が寄せられた。すぐに書き上げた参加者もいれば、最後まで悩んでいた参加者も。自分の家族観を振り返りながら、それぞれの‘Home’に対して想いを馳せていたのだろう。

後半は、「Life in a bag」というテーマで他己紹介のペアワークショップを行った。お互いのかばんの中身についてインタビューし、持ち物を撮影し、最後にその写真を使ってペア相手を紹介する。「調査する・調査されるとはどういうことなのか?」を、短い時間のなかで実際に体験するワークショップだ。初対面のペアがほとんどだったが、インタビュー中の参加者は笑顔を浮かべ、話は盛り上がりを見せていた。モノを介すると自然に相手の話を引き出せて、自分のことを話すことへの抵抗が薄れるようだ。

2分の他己紹介の後には、本人からコメントをもらう時間を設けた。「自分でも意識していなかったことを言っていただけて、ああそうだなと思った」や「自立していると初めて言われました(笑)」というように、自分の意識していなかった一面を再認識したというコメントが多くあった。調査をする立場と調査される立場がどんな気持ちを抱くのか、どちらも体験することで、実際に調査を行うときに意識することがわかったという振り返りもあった。『移動する「家族」』の制作手法のように、参加者一同も、相手を知り、表現して、相手からのコメントをもらうことを経験したのである。

最後に、参加者が感想を書いた後、これからへの期待を込めて語った大橋の言葉で、この日の活動を終えた。「『ここが自分の‘Home’だ』という感覚は、何によってもたらされているのか。自分と相手の‘Home’のあり方を理解することで、どこでも生きられる力や、いまいるところをより心地良く生きる力を身につけるきっかけになるかもしれない」。

Text=染谷めい(執筆)/森部綾子(構成)