2019.12.7 (土)

第9回

場所:アーツカウンシル東京

それぞれのフィールドでの気づきを共有する

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第9回となる今回のスタディ。前半はまず、大橋が、アムステルダムで開催された国際ドキュメンタリー・フェスティバル・アムステルダム(IDFA)に参加した感想を共有した。また、目的に応じた撮影方法と表現の技法について紹介した。後半は、参加者がこれまでの進捗と現状のアイディアを企画書にまとめ、全体に共有する時間を設けた。

大橋はIDFAにて、第6回活動日のゲストスピーカーである水野大二郎先生と協働制作した映像『Transition』(2019)を上映した。Q&Aセッションでは、ほかに上映された映像作品と同様に、「作品のはじまり」について問われたという。これを踏まえて大橋は「作品のテーマや対象問わず、どのようにして始まったのかを考えることが大切である。特に、リサーチの対象に出会ったときの感覚を大切にするべきだということをあらためて感じた」と語った。制作してきた作品が増えるほど、プロとしての知識は成熟していくが、一方で、あまり考えずに同じ方法で取り組んでしまいがちだ。「どうしてそれをやりたいのか」「どうしてそうでなければならないのか」と「新人」だったときの感覚を忘れずにいることが重要である。また、大橋は「Why so shy? You have cameras. Trust more in cinema and the image as a medium for exploring and understanding the world. 」というIDFA2019審査員の言葉を紹介した。対象との関係性を重んじることはもちろん欠かせないが、それによって何もできなくなってしまうのはもったいないことだという。リスクを冒すほど価値のある対象・テーマであるからこそ、カメラによってつくり出される世界を信じて、冒険することが大事だ。

大橋は撮影技法を紹介しつつ、新たな撮影が必須ではないことを、いくつかの作品を通して伝えた。『Scissors』(Daniel Meadows, 2016)は、過去に撮影された画像やイメージなどの素材のみで、自分の家族の歴史を伝える作品であった。また、『Polyfoto』(Daniel Meadows, 2015)は48枚の連写された証明写真だけで制作された映像作品である。大事なのは、固定された技法にとらわれることではなく、リサーチを経て、メッセージを一番伝えられる方法を自ら模索していく姿勢である。

後半では、参加者が作成した企画書をもとに発表し、ディスカッションを行った。調査協力者と自分の関係性を伝えたいと考えているが、どのような切り口で語るべきかがわからないと悩む参加者もいた。自分も映像に出てくるような構図にするのか、呼びかけている声だけを入れるのか。関係性を描こうとしたときの課題を感じながらも、それに挑戦しようと撮影した素材を見返す日々が続いているという。大橋はこれに対し、「素材を撮影しているのは調査者自身であるから、自身が映像に出ずとも自分の感覚は必ず反映される」とし、それを映像のなかでわかりやすいかたちで語るのか、それとも映像を上映する場で自分の存在を表現するのか、さまざまなやり方が考えられるため、納得する表現方法を取るようアドバイスをした。ある参加者は調査協力者とその家族とともに親の誕生日を祝う場面に居合わせたが、「私がここにいていいのか?」と、自分がそこにいることに違和感を感じていたという。これに対して大橋は、違和感は健全な反応であるとし、違和感があることを前提として、調査者が存在を消し一方的に調査するのではなく、この機会を通じて考えたこともなかったようなことをともに考え、意味づけをしていく過程が大事であると語った。

リサーチを通じて、参加者は調査協力者のことだけではなく、自分自身への理解も深まっているようであった。ある参加者は、調査協力者と自分の共通点や相違点、カメラに写った自分の振る舞いが場所によって異なることに気づいたという。いままで自分を語ることを拒み続けてきた参加者は、調査協力者と自身を重ねていることに気づき、調査協力者を語るためには、自分を語らざるを得ないような感覚を抱いている、と語った。もうすぐ卒業をする予定の留学生は、リサーチが自分を考えるきっかけにもなり、母国に帰るにあたり、日本での‘Home’の感覚を薄めようとしている自分がいることに気づいたことを共有した。

自分の家族を対象としてリサーチをしている参加者は、リサーチを通じて家族の知らなかった一面を知ったことを共有した。ときに冷静ではいられなくなるほどショッキングな事実を知ることにもなったが、相手の空間に入れたことに対して、ソワソワやドキドキを感じているという。また、すでに撮影を始めているが、まだ伝えたいことがまとまっていないと語る参加者は、リサーチのなかでのおもしろい発見があったことと、調査協力者のある言葉が引っかかっていることを共有した。これに対して「それは、あなただからこそ気づいたことだ。そのほかにもあなただからこそ感じ取れたことがあるはず」と、ほかの参加者がアドバイスをする場面があった。序盤のスタディでは、ひとりひとりが手を挙げて発言していたが、回を重ねるにつれて参加者が自由に好きなタイミングで話すようになってきていた。参加者同士で映像作品のタイトルを提案し合う場面もあり、お互いへの信頼感が垣間見える瞬間が多く見られるようになった。

リサーチを重ねるにつれ、調査者が抱く悩みも少しずつ増えてきている。何を伝えたいのか、どのように表現するのか。調査協力者との関係性を築くなかで模索しながら、自分自身とも向き合う時期を迎えているようだ。

Text=染谷めい